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将来の仕事

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2015年に卒業しました。せんこうは日本語と英語から通訳だったのに、残念ながら、通訳者になりませんでした。何か専門の通訳者になるために、この専門の教育ももらばなければなりませんから。医学とか、科学とか、エンジニアリングです。 卒業してからすぐひっこして、英語の教室の仕事のきかいがあって、教えに始めました。とても忙しくて長い時間働いたり大変だったから、日本語の練習お全然しなくて日本語を忘れてしまったんです。 今日本語をもう一度勉強を始めましたから、日本語をぜひ忘れないようにします。そして、通訳者になるためにどうりょうくするつもりで、たぶん、日本語の通訳の仕事きかいがあるかもしれません。

桜祭り

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日曜日はふつうな日じゃありませんでした。寝たり、友達と遊んだりすることのかわりに桜祭りと言うコンサートにパーフォーマンスをすることになりました。日本語の授業をとっている学生はみな何か スケッチを考えてしなければいけませんでした。土曜日の朝はみなで集めて練習をすることにしました。練習のためにドレスを着てドレスを着たままパフォーマンスしました。パフォーマンスの前に楽しみしていたのに心配しました。では、このようなことの時心配は普通なことですね。 私にとってグループはみんなよくできたのにエレメンタリのグループの歌 と日本のクラブが歌った歌も一番好きになりました。そして、もちろん、私がいるグループのパフォーマンスはとてもよかったと思うんです。いっしょうにアイデアを決めたり、練習したり、とても楽しくてグループのspirit にとても役に立ちました。

Causative-Passive form

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子供の時母と仲が良くなかったんです。ですから私がしたこと何でも正しくなかったと思われました。そして、いろいろなことをさせられました。たとえば、夜はやくねさせられたり、部屋をかたずけさせられたりしました。そして、ふつうな子供みたいに歯をみがかせられたり、お皿を洗わせられたりしました。では、ふつうな子供みたいじゃないこともさせられました。たとえば、家族がダーチャと言う野菜とか果物を作る(grow)所がいます。もちろん、野菜と果物がいっぱいあるのためにダーチャへていれ(care for)にい行かなければいけませんでしたから、私と兄はダーチャに行かせられました。夏は暖かすぎたし、虫もたくさん飛んだけど、楽しかったから、好きでした。

イースター休み

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イースター休みは終わるところで少し悲しくなりました。休みの前にたくさんことをすることにしますがいつも時間が短すぎるので全部のことできなくなるんです。では、イースター休みの間に色々な楽しいことをしてみました。たとえば、友達といっしょうに Duncan Student Center に山みたいなかべをのぼりに(climb)行きました。友達はロッククライミングに経験が少しありますが、私は前に一度も行ったことがなんで、よくできませんでしたけど、とても楽しかったです。ぜひも一度行きます。 そして、土曜日の遅い夜は友達と一生にほかの友達をO'Hare 空港に車でつれていてあげました。4人で話したり、お菓子を食べたり、音楽を聞いたりしながら運転しました。空港のあとで友達のバーバ (my friend Baba)シカゴをわたしたちに見せてくれました。夜のシカゴはしずかな町らしいんじゃないかと思います。朝7時に帰って 午後2じまで寝ました。

高学校の時

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高学校の時にふりかえって、ちょっとへんな時だったと思います。16歳ぐらいでしたからいろいろなcoming-of-age 問題があって勉強もしなければいけなかったです。両親もたくさんことをさせませんでした。たとえば、母はメイクアップをたくさんさせたり、新しい洋服をたくさん買わせたり、学校を休ませたりくれませんでした。耳のピアスもだめでした。 先生たちも厳しかったけど、私はいつも勉強が楽しいし、面白いし先生たちが好きでした。ロシア語と文学の先生が一番好きになありましたけど、あの先生はせいとに長い作文を書かせたり、あつい本を読ませたりしました。 数学の先生がすごかったとおもいます。私と私の学校のbffが数学が上手でしたから、先生は私たちにほかのせいとがしていた数学の問題の方がもっと難しい問題をさせてくださいました。 地理学(ちりがくgeography)の先生は一番好きじゃなかった先生でしたと思います。いつも理由もないてきびしかったからです。ある月毎日天気予報を見させてレポートを書かせました。 数学先生と友達といっしょうに。

春休み

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春休みはまだおわていませんが一日しかのこっていませんから、残念です。春休みのまえに春休みの時どこにも行かないで家で働いたり、映画を見たり、日本語とドイツ語の練習したり、ゆっくりすることにしました。今二つの外来語を勉強していますからドイツ語で映画も日本語で映画もみました。日本語の映画なら、”歩いても歩いても” と言う2008年ほろかずこれえによってされた映画で家族の問題についてです。もちろん、日本語でロシア語のスーパー(subtitles) を見ながら見ました。この映画は少し長すぎかったけれども、好きになりました。 ドイツ語の映画なら”頭の中にはちみつ”(honey in head, "Head full of honey") と言います, これも家族の問題についてです。映画で、家族のおじいさんはとしをとって、いろいろなことを忘れてしまう始めますが、お母さんにおこってしかられるし、お父さんはおじいさんを ろうじんホーム(Nursing home)に送りたいです。では娘さん(むすめ)それをほしくなくてイタリアへおじいさんに行ってあげることにします。とても楽しかって、時々かなしかったのでこの映画も好きになりました。

何でもの先生

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私の話はうそか本当のことかわかりませんが、友達によると本当のことだそうです。 ノートルダム大学の学生らしい学生は頭がよくて、いつも宿題をだしたり、授業に行いたりするらしい学生ですね。では、うわさによると学生は時々だれかに手伝ってもらいます。この学生をたすけてあげる人はだれか知っていますか?そして、これは本当人のですか。質問がたくさんありますね。 ですが、質問の答えがあるんじゃないかとおもいます。聞いたが、 ノートルダムで、”何でもの先生”と言いうドラえもんみたいなゴーストがいるようです。何でもの先生は頭がとてもよくて、どんな授業でもについてなんでも知っているし、世界の外国語がすべてできるしいい学生に宿題をして手伝って くださるそうです。 彼は ノートルダムが建てられていた時から ノートルダムの一番目な先生の中ででして、本当の人でした。亡くなったあと、 ノートルダムでのこって、ゴーストになることにしました。よくいろいろな 授業に行って、新しいことをたくさん習って今何でも知ってるようです。 だから、何か勉強の問題があったら、nandemonosensei@nd.edu  にemailを送って、たすけていただくことができます。 しかしながら、これは無料ではありません。手伝だってもらいたい時はお金のかわりに果物を 郵送(ゆうそう、mail)で 払わなければいけません。これは学生たちがdining hallsからいろいろな果物を取って行くの理由です!